オープンワールドの原始的な魅力を提供したグラビティデイズ

次世代携帯機、PSPVITAの三カ月後に発売され、海外サイトレビュー、PSストアでの評価を足がかりに着実に売り上げを伸ばした。そして自社商品であることからも今や押しも押されぬPSPVITAの代表作となったグラビティデイズ。
一通りメインストーリーをクリアしたので今回はこのゲームを評価していこう。
GRAVITY DAZE 重力的眩暈:上層への帰還において、彼女の内宇宙に生じた摂動GRAVITY DAZE 重力的眩暈:上層への帰還において、彼女の内宇宙に生じた摂動
(2012/02/09)
PlayStation Vita

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「飛び駆ける」という快感

ストーリーを進め、舞台となる街を自由に歩き回れるようになり、本作独自の「重力操作」を試そうといろいろボタンをいじくる。
しかしどうにもうまくいかない。
操作がもたつくし、おまけに空中に浮遊するための「重力ゲージ」がすぐに切れて、落下してしまう。

このゲームに対する最初の印象はあまり芳しいものではなかった

しかし、ゲームを進めるにつれて、経験値がたまり、その経験値を重力ゲージの増加や落下速度に振り分ける。

するとどうだろう…この解放感…宙に漂い進む方向を決め、その目的地へ引力に引き寄せられるように加速していく。PSPVITAの高解像と大きいモニターが相まって興奮は最高潮に達していく。
グラビティデイズ

この気持ちを言語化するのはかなり難しい…
飛んでいるというほど呑気な表現ではない…
重力だから浮く…いやこれもなんだかパッとしない…

ここまで自由に空を駆けまわるこの解放感はそう「飛び駆ける」という言葉が自分の中でしっくりくる。


快感を誘う酔い止め

このゲームをプレイする疲労はもちろん伴うが、どれだけプレイしても不思議なことにあまり酔うことはなかった。これだけ浮いたり、激しい重力を伴う移動が繰り返されているのに…


そのもとになっているとされるのは任天堂がWIIで出した「スーパーマリオギャラクシー」のキャラクターを中間においてカメラが移動していく手法と酷似している。
スーパーマリオギャラクシースーパーマリオギャラクシー
(2007/11/01)
Nintendo Wii

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(3Dアクションを新しい時限へおし進めた記念碑的作品)

ギャラクシー

惑星が舞台となっている「スーパーマリオギャラクシー」では、キャラクターをカメラの中心に常におさめ、やや遠目からカメラが移動している。
これによりカメラ操作というストレスからプレイヤーを解放し、純粋にアクションに打ち込める環境を作っている。
そして一番の効果はカメラが最適な位置をとって移動するため、目の負担も脳の負担も軽減されているということだ。

グラビティデイズも極力、重力操作中はプレイヤーをカメラの中心におさめ、、プレイヤーを軸に視点が移動していく。そのため過度な画面のぐらつきなどは発生せず、快適な視点を確保してプレイできる。


オープンワールドゲームとは?

本作は他方では「オープンワールドゲームの傑作」という評され方をしている。

オープンワールドゲームはロックスター社からの「GTA3」から市民権を本格的に得て、その後、多くのゲーム会社がその手法を模倣することになる。
ロックスター・クラシックス グランド・セフト・オートIII【CEROレーティング「Z」】ロックスター・クラシックス グランド・セフト・オートIII【CEROレーティング「Z」】
(2011/09/29)
PlayStation2

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GTAは「自由度の高いゲーム」という宣伝をよく目にするが、それは暴力やセクシャルを示すものではない。

「メインストーリーの進行を自分の塩梅で決めることができるミッション形式」にある
これがGTA3が世間に示した21世紀の「自由なゲーム」のスタンダードである。

広大な街の中で、メインストーリーを進めるために目的地に進むと、ミッションが課せられミッションを攻略するとこでメインストーリーは進む。(メインミッション/クエストとでもいうべきか)

メインミッションを進める目的地に行くかどうかはプレイヤーが決めることができる。十分に街の中で操作感覚をつかんでから挑むもよし、少し不安ならサブミッションをこなして、プレイヤーの能力値を底上げするもよし。

とにかく従来のRPGやアクションゲームと違って、ボス戦前に不十分な装備や体力でセーブしたらもう抜け出せず、リスタートしかないという悲劇が起こりにくい。

このシステムはドラゴンクエスト以上に

「努力すればいつかクリアできる」

という希望の根性論をより明確に我々ゲーマーへ叩きこんでいる。

よくGTAは「メインミッションを進めなくても楽しめる」という声もあるが、メインミッションをクリアすればいける街や使用できる武器も増える。サブミッションはメインとは違う楽しみを提示するのではなくあくまで「メインストーリーをクリアするための経験値や息抜き」として機能している。


メインストーリー攻略のストレスを最小限に抑えた作り

さて話は長引いたが「グラビティデイズ」はこのミッション制の自由度をしっかりと継承している。

確かに「スカイリム」のように膨大なサブミッションが設置されているわけでもないし、GTAのように街中の人々に干渉する選択肢も少ない。

グラビティデイズはあくまでメインミッションを進めてもらうために様々な工夫が凝らされている。

例えばグラビティデイズの経験値は敵を倒す以上に
「街中に散らばっている宝石上のアイテムを収集する」
「あらゆるところに設置されたミニゲームをこなす」
ことで効率的に得られる。

街中で経験値を獲得する場合は重力操作をうまく使いこなし、空中浮遊の微調整を無意識のうちに行うことで基礎的なプレイヤースキルを高める。
ミニゲームは敵を短時間で効率よこう倒すものや設置されたチェックポイントを重力操作を使って通過していく応用を試される。

ゲーム内のプレイングを高めつつも、キャラクターの能力を上げる。一石二鳥でゲーム難易度を下げていくことができる。

経験値を能力に振り分けるかどうかもプレイヤーの自由なので腕に覚えのある人はあえてあまり能力をあげないでストーリーを進めることもできる。


換骨堕胎の優等生

総括するとグラビティデイズは「重力操作」という新鮮さばかりにフューチャーされているが、初心者・上級者の両方が遊べる難易度設計をミッション形式にすることで提示し、ゲームのシステム以上に自分のプレイングでうまくなったことが実感できる作りとなっている。

カメラ操作も含めて本作はこれまでの優秀な作品から良質な部分をしっかり抽出し、新しいゲームとしてプレイヤーに提示している。

まさに「職人芸」が適切なゲームである。

いうまでもなく本作はVITAを持っているプレイヤーなら体験版ではなく、うまさの実感が快感の実感へとつながる製品版を勧めたい。




クリエーター・外山圭一郎氏のインタビュー

氏が手掛けたホラーゲーム「SIREN」も異形の怪物の視点を「覗き見る」という視界ジャックというシステムを導入していた。
序盤は非力な主人公を恐る恐る動かすが、ゲームに慣れると視界ジャックを通して敵の行動パターンや自分の現在地、攻略法を考え出していく。ただ攻略サイトに頼らない攻略はかなり難しいといえる。
外山氏は最低限の鍛錬の先にあるプレイの上達をカタルシスとして提示する硬派なタイプのクリエーターといえる。
SIRENSIREN
(2003/11/06)
PlayStation2

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(カービィやスマブラの生みの親で日本を代表するゲームクリエーター桜井政博氏のゲーム観を垣間見せる動画の一つ。カービィも「吸って吐く」、スマブラも「はじく」という斬新ながらもわかりやすい。彼もミッション制とは異なるが、プレイヤーのプレイの幅でゲームの難易度を変えられるように心がけている)







黒の女王 ~役割責任という毒~

俺の邪悪なメモと呼ばれる有名ブログの主である罪山罰太郎氏。

私がメディアなどで活躍されるジャーナリストや有名人以外の方で初めて尊敬する多くの差別や教育をテーマとした話題を提示されている。以下は罪山氏の社会に対する造詣の深さを感じさせると私が受けたエントリーである。
農耕が障害者を生んだ
アンパンマンはダークナイトだ
映画「精神」を観た!

黒の女王黒の女王
(2010/11/21)
罪山罰太郎、うらぽん 他

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(ちなみに中身の半分は公式サイトで読めます)

罪山罰太郎氏原作の漫画。
同人誌という体裁で、1200円とやや割高な印象を受けるが、500円台で2~30巻続く漫画を4冊買うよりも1200円で凝縮された一本のストーリーが読めたほうが私はありがたく、割安と感じたので、罪山氏への感謝も兼ねて、アマゾンから(前回、あんな記事書いておいて…)購入した。

まず、率直な読後感を述べると

「これが大人なんだなぁ~~わかっているけど…」

これが私の素朴な感想だ。
では、以下にあまりにも多角的に語ることができる本作を不慣れな形で書いていこう。



主従関係と役割葛藤

まず、ストーリーの大枠を紹介すると、表紙に映る少女が主人公の渋谷光である。

彼女はケガでオリンピックを断念した父親のオリンピック制覇という願望をかなえる形で幼いころからスパルタ教育を受け、父からいわれなき暴力を何度も受ける。そしてそれを止めようとした母親も暴力を受け、それが原因となって光は母を失う。
世間のシンデレラガール、親子二人三脚というファンタジーとは裏腹に光は父親への深い憎悪をたぎらせていく。



同じ漫画でいえば「巨人の星」が最も早くに思いつくが、現在でも「ヒカルの碁」の塔矢アキラ、「頭文字D」の藤原拓海、「テニスの王子様」の越前リョーマなどを思い浮かべる。

多くの「親子相伝もの」は親から与えられたミッションに何らかの意味を自分で見出して自分の目的としてすり替えることで「キャラクターの成長」を促している。

こう書くと非常にきれいにおさまるが実際は親が自分と同じことを子どもに課し、自分と同様の思想や能力を兼ね備えたまさに「子供を作る」ということを体現しているように見える。

現実に置き換えてみても、受験戦争に子供より躍起になったり、「暴力やセクシャルな作品、ゲームが子供に甚大な影響を与える」と力説する親を見ると普遍的に根付いていると考えられる。

そして光は、些細な言葉の定義まで親から押し付けられた意味以外のものを受容できない。

例えば「強さ」という言葉の意味を彼女は父のスパルタ教育の影響で「弱肉強食」以上の意味を見いだせない。
北斗
(人の悲しみを知ることでケンシロウは絶対的な力を支配するラオウを超克した)

今、話題にされている児童虐待の加害側である親も幼少期に虐待を受けていたというデータはよくテレビで目にするが、画一された価値観を押し付けられ続けることによって光は自分の考えを持つことに苦悩し、他人の考えを受容できない人格が形成された。
キルア
(「針を刺されている」ことにいつ気づくか?そして気づいていても求められる役割を演じることが賢いのか?)


押しつけられた役割

これまで、親が子供に与える影響ばかりを話したが、ならば

「親が全部悪い!!」

で済ませるべきなのだろうか?

それ以前になぜ親は子供をいい大学へ行かせたいのか?、友達を多く作らせたいのか?

その根源には親が子供に望む「いい子」と同様に世間が親に望む「いい親」という役割責任があるからだろう。

私のような無力で外野な若者からみて、現代で親になるという行為は親の方には大変無礼なものいいになるが
「魔法少女の契約をする」ようなリスクではないかと思われる。

親は「子供を作る」という望みと引き換えに社会から「親であることの責任」を半ば永久的に与えられることになる。

話をわかりやすく説明するために例がやや大仰になるが
自分と子供が貧しく、腹をすかせた場合、子どもに食べ物を分け与えるということが美徳
一通りの教育を子どもに受けさせることが親の義務
子どもの犯した罪は親も指導される
一部からは発達障害は伝統的しつけが必要といわれる(余計)

これらは親を持たない外野からの単なるイメージだが、実際、親という役割を引き受ける場合は細かい要求がいくつも積み重なる心労が予想される。

「わからなかったでは済まさない…わけがわからないよ」という批難よりも「これが批難対象なんて予測できなかった…ひどすぎるよ!!」という当事者の意見のほうが共感できるかもしれない。

子どもも子どもとして親に「自分にとっていい子ども」を要求されることもあるが、それ以上に親は「周囲のお眼鏡にかなう子ども」を育てるという役割責任にさらされるのかもしれない。



大人とは何か?大人になることを選択する

末路が抽象的なテーマを語って乱暴であるとは自覚しているが20歳を超える以外に大人とは何かを勝手に考えると

「自分の生活費は自分で賄う」
「手に職を持っている」
「社会のルールを認知している」
「人に迷惑をかけない」

軽くあげるとこのようなことが考えられる。こうしたことが20歳を超えると本人の意思を遮った形で課せられる。
私たちは20歳になれば「大人の役割責任」が与えられるのだ。

役割責任はルールとも取れるが、ルール以上に観念的で排他的で主観的なものかもしれない。なにせ親がどれだけ子どもに受験戦争に送り込んだとしても、よほどの体罰や精神攻撃をしない限りはルール違反とみなされない。むしろ正統化され隠ぺいされる。

結末は、光はこの役割責任という仕組みに気づき、自分もそれにあらがうことができないことを悟り、あえてその役割を自己欺瞞的に演じたと私は解釈している。

表向きは少年漫画のように親の目的→自分の目的にすり替えて成長という身なりになっているが、読んでいただければ実はそれはえげつない欺瞞と独善のオンパレードであることが分かるだろう。

そして、近年この役割責任へのアンチテーゼが

「自分探し」である。

アメリカでは押しつけてきたキリスト・家族・愛国という役割に対し、1960年代の若者はドラッグ・セックス・アンチクライストという自分たちの新しい役割を探す形の自分探しを行う。

日本の場合は労働・教育・コミュニケーションという役割に対して、非労働・独りなど、与えられた役割責任を放棄する形で自分探しを行っているという印象である。

農耕にせよ戦争にせよ、大集団での行動には画一的な働きが求められますから、扱いづらい個性が出てきます。「障害」の萌芽ですね。これがタイトルの「農耕が障害者を生んだ」という俺の説(?)です。



これは本作の原作者である罪山氏の言葉。
「いい親」、「いい子ども」という役割責任が蔓延する社会はそれだけ画一化がすすめられている社会ではないかと解釈できる。

自分がブログを書くスタンスはおそらく「自分探し」の立場にたって、「大人」の規範からはずれた形で、独善的で他者を引き込むような「べき論」などの教唆先導に対して「どうかな?」と客観的視座を組み込む立場なのかもしれない。私にもそうした黒の女王が背後に…



(二度目のメタリカでうんざりかもしれないが、マスター(主人)の意味をい主題である麻薬以外にも変えてみると…)



(教え込まれたことが教育とは限らない)




コラム:スタンドと黒の女王

光は母を亡くした際「黒の女王」というスタンドのような異形の霊に取りつかれる。
スタンド
(※これはイメージです)

「ジョジョの奇妙な物語」でのスタンドは使用者の思い入れの深いことや精神力が反映されたものとして描写されているが、黒の女王では使用者が押しつけられているイメージをさらに増長させる効力を持っている。

スタンドがフロイトのいうエス(欲望)ならば黒の女王はどちらかといえば超自我(役割責任)にあたるかもしれない。

そしてスタンドも本人が操っているように見えて、実は本人の趣向などを如実に反映している。

例えばジョジョがスタンドを取り入れてから登場するボスキャラは総じて
「時を操る」能力を備えている。

それはそのボスキャラが圧倒的に強いことを視覚的に見せつける演出でもあるが、逆に「時を止めたり、自分に都合の悪い時間を消し去らないと安心できない」ある種「ヘタレ」な一面をのぞかせている。

あるボスは人を殺しながらも静かに暮したがり、あるボスは巨大な組織のボスでありながら顔を誰にも知られたくない、あるボスは絶対的な力を身に着けながらもこれから自分の身に起こることを知ることが幸福につながるという。
ヴァイブレータ スペシャル・エディション [DVD]ヴァイブレータ スペシャル・エディション [DVD]
(2004/06/25)
寺島しのぶ、大森南朋 他

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(自分の欲望と親の教育によって心のバランスを保てなくなったある女性の物語)






























安さと利便性が生んだ「屠殺社会」

もうこの本が世に出て7年になるというのか…
アマゾン・ドット・コムの光と影アマゾン・ドット・コムの光と影
(2005/04/19)
横田増生

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2000年初頭のアマゾン物流センターにアルバイトとして潜入し、アマゾンが管理する物流センターのまさしく「管理された」システムに目の当たりとなった筆者の鮮烈なルポタージュである。

現在は、アマゾンも日本全国に数か所の物流センターを構え、当時は在庫管理は物流をつかさどるため、秘密主義を保っていた。しかし、今ではこのように簡単に動画で誰もがその仕組みを見ることができる。
まとめサイトで堂々と語られる



(こちらは海外。日本の工場もすでにメディアの報道によって公開されている)

アマゾンが物流現場を公開した背景には、管理システムの公開よりもメディアへの宣伝のメリットが強くなったということを表す。
アマゾンの核はもはや物流ではなく、参考文献終盤でも明記される「顧客情報データ」であり、こうしたデータは利用者の積み重ねによって集められるため、新規参入がどれだけ物流システムを模倣してもアマゾン並みの成功は期待できない。

今回は、参考文献同様、私個人の視点からアマゾンの「光と影」を考えていきたい。


アマゾンの「光」 パーソナル広告

アマゾンが他の通販サイトと圧倒的に差別化されているのは、前述の通り「顧客管理データ」の量とその運用方法にある。

アマゾンは消費者の趣向をモニターにリアルタイムで反映してくる。
サッカーの雑誌をみたら、すぐにトップページにサッカー用品からDVDまでがずらっと並ぶ。
コンピュータが機能的に検索したというからくりは理解できるが、その光景を目の当たりにした当初は

「まるでVIP待遇を受けている」

という高揚感と満足感を得られた。

広告代理店業界トップ3に位置する「博報堂」に勤めていた山本直人氏は自著で広告ビジネスについてこう語る。

人々が、「自分のことを自ら決める」際に、本当に役に立てる情報をともに探していけること。そして、本当に自由と自立ができるように助けてあげること。


電通とリクルート (新潮新書)電通とリクルート (新潮新書)
(2010/12)
山本 直人

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(こうして参考した文献をビジュアルで示し、クリックすればアマゾンの商品欄に誘導される。アフィリエイトシステムとして収入をえる有名ブロガーも多いだろう)

アマゾンは欲しいものリストや消費者の求める商品カテゴリーをページ内に網羅することによって
消費者が求める「理想の本屋・漫画屋・DVDショップ・衣服店…」などの仮想店舗を消費者の数だけ疑似的に提供している。

消費者が商品を検索すればするほど、履歴に残り、自分の趣向を垣間見るいことができる。
レビューを商品に打ち込むことによって商品への愛着が強まる、他人のレビューと自分の雑感を重ね合わせることによってより自分が購入した商品のジャンルへの造詣を深めていく。

アマゾンはあくまで広告ではなく、通販サイトであり、通販サイトとしての利便性をしっかり担保したうえでデータをうまく活用している。
しかし、アマゾンをある程度利用したことのあるユーザーなら

「かゆいところに手が届く」

そんな錯覚を覚えるのではないだろうか。それはアマゾンが世の中の適当なトレンドを伝える大衆広告ではなく消費者一人一人のニーズに合わせたパーソナル広告としての側面が強いからだろう。


アマゾンの闇 屠殺工場

ここ一カ月の間に安価な旅行会社主導によってもたらされたバス事故、コストカットにより設備のチェックを著しく怠り犠牲者を出してしまったホテルの火災。
2012年の上半期は

「現代の安全とは全てにおいて安心ではなく、全てにおいて安い」

という言葉にすり替わってしまったのではないだろうかとさえ思われる?


日本は決して他国に比べて物価が安い国ではない。
しかし、相次ぐ価格とサービスの差別化が進んだ結果。

「商品は安くなるが、サービスは向上する」

という反比例が起きた。

通常はサービスがしっかりつけば、それが価値になる。
だが、サービスが促進されてもデフレ化などの影響で価格が安くなったため
消費者は提供されているサービスを
「奉仕≒無対価」と認識してしまっている。
海外のようにホテルで清掃した従業員や安全に目的地まで送った人間に対するリスペクトが少し抜けてしまっている。

これを、屠殺現場を直視することなく、美しい精肉された肉だけを購入し、食料の価格が下がっても何の疑問を持たない人間をシステムとして増やす「屠殺社会」と呼称してみる。
いのちの食べかた [DVD]いのちの食べかた [DVD]
(2008/11/29)
不明

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(監督は特典のインタビューで、動物愛護を増やしたり、ベジタリアンへのアンチテーゼとして本作を撮ったわけではなく、「なぜ食料がここまで安くなり続けているのか?」という疑問から本作を撮るにいたった。屠殺にかかわる従業員を映すことによって、彼らの尽力があって初めて精肉状態で我々のもとに届けられるという現実を可視化させている)


参考文献は2000年前半に起きた非正規労働の規制緩和後の労働の在り方に言及している。

アマゾンではピラミッド式のカースト体制を築き、物流工場内のトップにはアマゾン社員、その下には日通社員そしてアルバイト、OJTと続いている。

アルバイトは時給900円で巨大な工場をまずピッキング(本の引き抜き)させている。
アルバイトの作業はコンピュータで逐一管理され、ノルマも厳正に設けられている。さらに労働への保証を避けるために二カ月更新で作業の能率が良い従順なアルバイトだけを残し、他は入れ替えさせている。

年中無休で運転されているため、アルバイトの募集はひっきりなしにかかり、人員の入れ替えもすぐに流れていく。ピッキングは誰でもできる作業として効率化が図られているが、言い換えれば労働者は入れ替え可能の部品という見方がされる。

私は以前ブログで
現代の日本の正社員は「人を扱える人間が重用される」と主張した。

物流センターの現場はまさにその言葉通り、社員がアルバイトをしっかり管理している。社員はアルバイトの士気を落とさないように時には甘言もささやくが、時給性の場合は手を抜いたほうが得、さらに警察のノンキャリ以上につらい、契約社員までしか道が開かれない彼らに労働のインセンティブを説いても意味がないだろう。

物流センターだけではなく、コンビニ決済の場合はコンビニ側はサービスの一環として行っている部分が多く、集客の狙いがあるようだが、アマゾンの客単価は3000円付近であるという情報を踏まえると、支払いだけに来る客も多い(立ち読みの仕組みと同様に中にはジュースやおでんという利益率の高いものとセットで購入する客もいるだろう)

配送する佐川急便などの宅配会社もアマゾンの利用が一般化すると激務化するだろう。

我々は文字通り「ネットでポチっと押す」ことによって、多くの労働者が使役される現実を目の当たりにすることなく、安全で確実、さらに自分の注文した商品情報を最小限に抑えるという術を獲得してしまった。

もちろん労働者はそれで仕事を得るわけだが、ネットビジネスは中間業者の「中抜き」やコンピュータ管理による人員削減が容易に行える分野であるため、全体の労働パイは減少しているだろう。いや正社員が減少したといったほうが正しいだろう。

この屠殺社会に関してはアマゾンを題材に話したが、アマゾンは黒幕ではなく氷山の一角にすぎない。
どこの大企業でも下請けの中小企業や非正規社員を利用して行い、消費者にはその構造が不透明であるという現実は跋扈している。

屠殺社会と向き合う

昨日、放送された「たけしのTVタックル」で大竹まこと氏と北野たけし氏が三橋氏の経済成長をすれば日本は活性化するという意見に対してこのようなニュアンスで反論した。

「経済成長したとしてもこの価格競争を止めなければ意味がない。価格競争が続けば会社の利益も減る」

さらにつけ加えると、システム構築者や人を扱う人間の給料は上がるが、非正規労働などの肉体労働者への待遇は働き口以外は(今はそれさえもありがたいところだが)変わらないだろう。

財布のヒモは企業側が握り、その分配は雇用側に基本ゆだねられる。

私の卑小な脳みそでは、あまり考えられないが、
「消費者が労働者に直接対価を払えるシステム」が必要だと考える。

例えば
・負の所得税(所得の少ないワーキングプアに国から援助を行う)
・非正規労働者納税(自分が利用している店のアルバイトや非正規労働者に寄付ができ、寄付分の税額がが控除される)
・チップを払う(労働者と直接接する機会がある場合)



価格競争が激化した現代では、システムを代打的に変革するか、消費者個人の意識を変えるかという考え方に至る。企業倫理に問いかけても競争原理が導入されたら、努力の量ではなく質で給与が決まってしまうため、難しい。


それでもアマゾンは利用する

私はアマゾンを批難するために今回、記事を書いたわけではなく、図書館でたまたま面白そうな本書を手に取ったことを書いただけで、今後もアマゾンの圧倒的な利便性の前に利用せざるを得ない場面は多いだろう。

筆者の横田氏も物流センターで苦汁をなめながらも消費者側に立てば、アマゾンの圧倒的な利便性に従うしかなかった。いわゆる「アマゾン依存」である。

前述でも語ったように
「便利で安価」
という言葉には麻薬やギャンブルに似た中毒作用がある。そしてサービス業の社長の中には
「利便性、安さ、安全性は両立できる」と豪語する方もいる。

しかし、常識で考えて便利には労力がかかり(評価されるという強迫観念もプラスする)、安価であれば設備投資や安全チェックへの人件費がおろそかになる。低下することはあっても維持することは至難なのだ。

この一カ月間で起きた数々の惨事は我々に「安さと利便性の裏」を考えざるを得ない状況を作っている。

我が国は殺人や災害、事故などセンセーショナルな事態を通してことの深刻さに向き合うが、労働や消費は日常に密接にかかわるため、常に考えていく必要があるだろう。


(ウィラー一社が悪の権化というわけではない。価格競争というシステムができたことで多数の企業が参入した。目的地に到着した運転手に対し、温かく送る運転手とは対照的に無言で降りていく客の映像は道徳教育をここでするつもりはないが何かを訴えかけるものがある。)









平成生まれの遊戯王観 ~第四期~ 原点回帰と解体

リセットと再構築を目指すZEXAL
遊・戯・王 ZEXAL オフィシャルカードゲーム 公式カードカタログ ザ・ヴァリュアブル・ブック 14 (遊・戯・王 オフィシャルカードゲーム 公式カードカタログ ザ・ヴァリュアブル・ブック)遊・戯・王 ZEXAL オフィシャルカードゲーム 公式カードカタログ ザ・ヴァリュアブル・ブック 14 (遊・戯・王 オフィシャルカードゲーム 公式カードカタログ ザ・ヴァリュアブル・ブック)
(2011/08/19)
Vジャンプ編集部

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一年前に放映がスタートした最新作、「遊戯王ZEXAL」

このアニメはストーリーやキャラクターの相関関係は初代の「遊戯王DM」を踏襲しつつも、主人公がデュエル初心者であるという設定や、アニメ内で細かくルールが説明されるあたりはGXを彷彿とさせる。

5D'sは成功したものの、ルールの難解さとカードの高騰化が相次ぎ、高年齢化した。そのため本作ではそれをリセットし、新しいファン層の獲得と一度遊戯王を離れたグループを寄り戻すために作られていることがうかがえる。


エクシーズ始動


【遊戯王シングルカード】 No.39 希望皇ホープ ウルトラレア ysd6-jp041《スターターデッキ2011》【遊戯王シングルカード】 No.39 希望皇ホープ ウルトラレア ysd6-jp041《スターターデッキ2011》
()
コナミ

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シンクロと別にまた新しい概念のカード、エクシーズが登場する。
シンクロはモンスターカードのレベル合計で出すが、エクシーズは同じレベルのカードを重ねて出していく。
エクストラ+15枚と高価なエクシーズが存在するため金額高騰の問題はまだ残るが、ルールは簡明になった。


主人公カードの入手難易度

どれだけOCGが人気を得ても、多くのプレイヤーはアニメをきっかけに入ることが多い。
そのためOCGへの取り込みは
「どれだけアニメとリンクさせるか?」という点にもかかってくる。

上記にある主人公のメインカードともいえる「希望皇ホープ」はスターターデッキをはじめ、簡単に入手できる環境が整っている。
カードショップでも500以下の値段で取引されている。

5D’sの主人公カードである「スターダストドラゴン」は汎用性が高く、かつ強力なカードで入手機会が限られていたため、シングル取引では1000円を超えることも珍しくなかった。

加えて、ZEXALのブースターパックやVジャンプなどの付録はアニメで活躍したカードを中心に取り扱い、とりこぼしがあまりないため、メディアミックスの意識もかなり高い。


総括

遊戯王は4作のアニメを通して、カードゲームを閉じたボードゲームとしてではなく、多彩なメディアミックスを通し、TCG業界をメジャーなものに押し上げたことによって開かれたエンターテイメントとして提供した結果、今日の人気につながっていると考えられる。

トレーディングカードゲームは特性上、トランプのように安価であらかじめカードがそろっているわけでもないし、デッキの編成によっては高価であるにも関わらず、遊び方が限定されたものになることもある。

そうしたなか、新たな遊び方を常に提供し続け、それがより安く、手軽にそして多くの可能性を消費者に感じさせることが、トップ企業である遊戯王OCGの責任でもあり、人気継続のカギともいえそうだ。

平成生まれの遊戯王観 ~第三期~ 新世代化の成功と弊害

第一期はメディアミックスの足掛け、二期は新規取り込みを念頭においた。そして三期…遊戯王が飽和化すると危惧された中、登場したものとは…?


中高生をターゲットにした5D's(ファイブディーズ)

遊☆戯☆王5D’s DVDシリーズ DUELBOX【1】遊☆戯☆王5D’s DVDシリーズ DUELBOX【1】
(2008/09/17)
宮下雄也、星野貴紀 他

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バイクに乗ってデュエルする…そんな破天荒な発想から登場したものが5D'sである。
5D'sはGXと大きく異なり、主人公は精神的に成長した状態で登場し、周りのキャラクターを支えるという役回りを担っている。
さらに登場人物の年齢が全体的に上がり、競技制が増し、ストーリーが少し難解になる。この構想は明らかに中高生を意識したもので、私の周りの中高生は5D'Sをリスペクトするものが多い。

演出もパワーアップしており、主力カードが登場した際はCGによる迫力の演出がみられる。CGなので2Dの絵ほど話によってバラツキがなく、安定した演出を楽しむことができる。

それもそのはずで、小学生に対しては業界二位のデュエルマスターズが強かったという現状もある。
劇場版デュエル・マスターズ 闇の城の魔龍凰(カース・オブ・ザ・デスフェニックス) [DVD]劇場版デュエル・マスターズ 闇の城の魔龍凰(カース・オブ・ザ・デスフェニックス) [DVD]
(2005/09/21)
小林由美子、中島沙樹 他

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デュエルマスターズはコロコロがバックにあるため、小学生が目に触れる機会が多く、遊戯王以上に安価で強いデッキが構築できる、ルールがわかりやすい、構築済みデッキが必要枚数だけあるという特性を備えている。

新規獲得の次にターゲットを絞る。他にも小学生時代にGXを通して遊戯王をはまった世代(顧客)を維持させていくという考えもあったのではないだろうか?


シンクロカードの登場

遊戯王カード 【スターダスト・ドラゴン】 GS04-JP009-N 《ゴールドシリーズ2012》遊戯王カード 【スターダスト・ドラゴン】 GS04-JP009-N 《ゴールドシリーズ2012》
()
遊戯王 ゴールドシリーズ2012 (GS04)

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OCGのルールの根本を変える手段として新たな種類のカードが投入された。それがこのシンクロカードである。
知らない人に説明することが難しいため、あえて省くがこれまで弱いとされたカードがシンクロの途上によって使い道が到来し、特定のパワーカードでおしていく戦い方からカード同士のシナジー(相性)を模索するデッキ構築へと本格的に移行することになる。


金額高騰化

遊戯王は一部では「資産ゲー」と批難(TCG全体がそのように言われる)されるが、その基盤を作ってしまったのが5D's時代ではないかと推察している。

その理由が
①シンクロの概念
②デュエルターミナル

と考えられる。

①に関しては二つの見方がある。
まず純粋にシンクロモンスターは正規のデッキ(40枚)として数えられず、エクストラ(15枚)から運用することになる。
条件などはカードごとに異なるが、比較的簡単に出すことができるため、多くのプレイヤーはエクストラ15枚にも気を配る必要性が出ることになり、シンクロが台頭したことによって実質デッキの枚数は
40枚→55枚となる。
さらにシンクロカードは総じてレアリティが高く、1枚あたり1000円のカードが多いため、そろうまでが大変である。

次に先ほど説明したとおり、弱いモンスターにも使い道が出たわけだが、逆にシンクロを出しやする軽い条件でだせるカードが注目されたために同名カードが3枚投入できる遊戯王のルールから「3枚必要カード」が急増。加えてブースターパック内で高レアリティも手伝って、40枚のデッキでも投入金額が増えていった。

ただ逆に5D's時代に登場した構築済みデッキは3つ買えば、即戦力級の強さを発揮するため、そこでうまく相殺を図っているともいえる。


そして②のデュエルターミナル
デュエルターミナルは年内にサービスが終了するといわれており、こちらのブログで興味深い解説がされている。

ムシキングや三国志のように、アミューズメントカードゲームのような形で、デパートやカードショップに設置された筺体に100円を入れて、出たカードで遊ぶというシステム。

原作のキャラと軽くデュエルすることができ、タッチパネルで出したカードが立体化するという小学生から遊戯王にかかわった者としては感動ものの展開もある。
また、アニメには全く出ないカードばかりだが、マジックザ・ギャザリングのように種族ごとにしっかり相関関係とストーリーが形成され、イラストをみて、どのようなストーリーが繰り広げられているかを想像することも楽しい。

しかし、これは多くのアーケードカードゲームにある問題だが単価(1枚100円)が高いため、デュエルターミナル独自のレアカードも高価になってしまう。
たとえばこのカード
遊戯王カード 【 氷結界の龍 トリシューラ 】 DT08-JP042-SI 《デュエルターミナル-トリシューラの鼓動》遊戯王カード 【 氷結界の龍 トリシューラ 】 DT08-JP042-SI 《デュエルターミナル-トリシューラの鼓動》
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遊戯王 デュエルターミナル-トリシューラの鼓動(DT08)

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現在ではあまりにも強いため、禁止になっているが、当時デュエルターミナル限定だったころは絶版化がはやかったため、1枚、5000~7000円の値が付いた。
ブースターで一番注目されるカードでも大体2000~3000円の値段設定においてターミナルの主力カードは4000円超えが多く、実用的なカードばかりだったため、結果遊戯王の資産ゲーム化を進めることになった。



シンクロモンスターを出すためにいくつかの行程を踏んで出して勝つというパズルゲームのような面白さをメインに持ってきた遊戯王はその地位を盤石に固めていくことになる。しかし一方でデッキにかかる費用も中高生化してしまったたり、パズルゲームが極まって初心者参入が難しい雰囲気が立ち込めた。ここでまた大きな転換を求められるようになり、次の4期へと移行することになる。




コラム:ハードルの下がったカードショップ、楽しみ方の多様化

私が中学生の頃、カードを集めるために一番お金をかけたのはパックや構築済みデッキの購入だった。
しかし最近では、ネットオークション、ネットショップ、そしてカードショップの変遷によってシングルカードの購入に一番金額をかけるようになった。

特にカードショップはTCGが市民権を得るとともに確実に増加しており、さまざまな工夫がされている。

一昔前のカードショップと言えば、露店の形で商店街に出され、つるされたカードから選んだり、雑居ビルの一室で経営されることがほとんどであった(今でも雑居ビルの形式は多くみられる)。他に外で見る機会といえば祭りのときのくじ引きくらいだった。


しかし、現在は
ホビーステーションのように増加するショッピングモールの1フロアに併設され、ファミリー層をターゲットにしたカードショップが登場している。

アパレルショップが多く乱立するなかでのカードショップはいびつであるが、駅の近く、街の真ん中にあるという利便性となにより、清潔なイメージがつくようになった。

他にもカードキングダムのように、実用的なカードの解説などを動画サイトに投稿して、店の宣伝とそこで何を買えばいいかをレクチャーするような戦略を立てている店もある。


(カードショップの社長が社員と共に、カードのルール解説や時にはトレーディングカードゲーム業界の裏話なんかも聴けてしまう。中学生がカードキングダムの情報を口にすることをときどき小耳にはさむし、現在ではシングルカードの値段が動画によって左右されるという噂も耳にする)

そして純粋に古本市場やブックオフのコーナーにTCGのカードが置かれているスペースが設けられているため、TCG専門店はもとより、取り扱い店も確実に増加傾向にあるようだ。

遊戯王はカードのレアリティ以上にカードの強さで値段が決まる傾向がる為、昔のようにレアカードを当てることを楽しむよりも、カードの価値がネットなどにより可視化された現在では、
「いかに安く目当てのカードを効率よく手に入れるか」
という楽しみも増えた。
逆に射幸心をうまく利用した
「開封動画」も話題になった。

(当然、他のTCGでも行われている。本人はもちろん、視聴者もどのような展開が起きるかわからないという臨場感が売り)



プロフィール

Author:司 真
マイブーム感想家といったところでしょうか。参考文献も用いず自分の意見をだらだらと述べる。ツイッターの延長線上のようなブログです。
こんな愚論に付き合ってやってもいいなという寛大なお方は
https://twitter.com/#!/tsukamakoのほうへ~

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